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建築

坂茂はなぜ紙で建築を作るのか?社会を変える建築思想の正体

紙管を使う理由は奇抜さではありません。坂茂の建築を、材料の強さ、調達、施工、災害支援、恒久建築という複数の視点から読み解きます。

BY MY ARCHITECT11 MIN READ
紙が支える建築

「紙で建築をつくる」と聞くと、雨に弱く、燃えやすく、仮設にしか使えないものを想像するかもしれません。坂茂の建築は、その先入観から出発します。紙管を構造や間仕切りとして用い、展覧会の仮設建築だけでなく、教会、住宅、災害時の避難空間まで実現してきました。

注目すべきなのは、紙という珍しい材料を使ったことだけではありません。必要な場所で入手しやすいか、特別な技能がなくても扱えるか、解体や移設ができるか、使用後の負担を減らせるか。材料の性能を、社会の条件と一緒に考えています。

紙管から見えてくること
坂茂の紙管建築は、珍しい材料を使ったアイデア勝負ではありません。恒久か仮設か、強いか弱いかという物差しそのものを問い直しています。建築の寿命は、設計、施工、維持、そして社会から必要とされる期間によって変わります。

坂茂の経歴と、二つの建築活動

坂茂は1957年に東京で生まれ、米国で建築を学びました。1985年に自身の事務所を設立し、住宅、美術館、文化施設などの設計を行う一方、災害や紛争で住まいを失った人々のための支援活動を続けています。1995年にはNGO「Voluntary Architects’ Network(VAN)」を設立しました。

2014年、坂はプリツカー建築賞を受賞しました。公式の評価では、素材と構造の実験に加え、長年にわたって災害被災者のために建築家として行動してきた点が重視されています。象徴的な大規模建築と、緊急時の小さな避難空間を別の活動にせず、双方で得た技術や知見を行き来させています。

建築家の仕事は、依頼を受けて建物を設計することだと考えられがちです。坂は、専門家の能力が必要とされているのに、通常の市場や発注の仕組みからこぼれる場所へも関わります。その姿勢が、紙管という材料の選択と切り離せません。

紙管は、本当に構造材料になるのか

紙管は、紙を層状に巻き、接着して筒状にした工業製品です。直径、厚さ、紙の種類、接着剤、製造方法によって性能は変わります。巻いた紙が一体として働くことで、単なる一枚の紙とは異なる強度を持ちます。ポスターや繊維を巻く芯など、物流や製造の現場で広く使われてきました。

建築へ使う場合は、荷重、座屈、接合部、湿気、火災、経年変化を検討し、必要な試験や法的確認を行います。「紙だから安全」「紙だから危険」と材料名だけで決めることはできません。材料の可能性は、断面、接合、表面処理、使う場所、交換方法まで含めたシステムで評価します。

紙管の利点は、比較的軽く、切断や運搬がしやすく、地域によっては調達しやすいことです。一方で、水分へ配慮し、地面から離し、屋根や防水層で守る必要があります。恒久建築では、防耐火や耐久性について、用途と地域の法令に適合する設計が不可欠です。

材料の強弱から、建築の寿命へ

コンクリートや鉄でつくられた建物でも、経済的な理由で短期間に解体されることがあります。反対に、紙や木でつくられた建物が、手入れされながら長く使われることもあります。坂茂が示した重要な視点の一つは、重く硬い材料が「恒久」で、軽い材料が「仮設」という単純な分類への疑問です。

恒久性には物理的な耐久性だけでなく、用途が続くか、修理できるか、地域が必要とするかという社会的な条件があります。災害後の仮設建築も、短期間だから雑につくってよいわけではありません。避難生活が数か月、数年へ延びる可能性を考え、プライバシー、温熱、音、衛生、使う人の尊厳を守る必要があります。

一方、緊急時には、完成度を高めるために着手が遅れては意味がありません。入手できる材料と人員で素早く組み立て、状況に応じて改善できることが求められます。この「早さ」と「質」の両立が、災害支援建築の難しさです。

紙の教会と紙のログハウス

阪神・淡路大震災後、神戸では被災した教会のために「紙の教会」がつくられました。紙管が楕円状に並び、礼拝と地域の集まりを支える空間を構成しました。その後、建物は解体され、台湾へ移設されています。一つの土地で役割を終えた建築が、別の場所でもう一度使われる。建物と土地の関係まで組み替えた事例です。

「紙のログハウス」は、紙管を壁として並べる仮設住宅の試みです。神戸での計画では、砂袋を詰めたビールケースを基礎へ活用するなど、入手しやすさと施工性が考えられました。別の地域へ持っていくときは、気候、文化、手に入る材料に合わせて構成も変える。同じ形の複製品ではなく、現場ごとの答えです。

この二つの例から分かるのは、材料の斬新さより、調達から解体までの流れを設計していることです。建築は完成した瞬間だけ存在するのではありません。材料を集め、運び、組み立て、使い、直し、解体し、その後を考える。その時間全体が設計対象です。

避難所の間仕切りが守るもの

大規模災害の避難所では、体育館などの広い床へ多くの人が集まります。屋根と床が確保されても、視線や音が遮られず、着替え、睡眠、授乳、家族の会話に必要なプライバシーが不足します。そこで紙管のフレームと布を組み合わせた間仕切りシステムが用いられてきました。

間仕切りは小さな設備に見えますが、人が他者の視線から離れ、横になり、持ち物を管理できる領域をつくります。災害時に必要なのは、生存に直結する物資だけではありません。心身を休め、生活の単位を保つための空間も必要です。建築家の役割が、巨大な建物の設計だけではないことを示す例です。

同時に、避難所では通路幅、見守り、換気、感染対策、避難誘導、車いす利用などを調整しなければなりません。間仕切りを増やすだけでは解けない問題です。プライバシーと安全、運営のしやすさを両立させるには、現地の行政、支援者、利用者と配置を更新するプロセスが欠かせません。

大規模建築にも続く、素材と構造の探究

坂茂の仕事は紙管だけではありません。木、金属、膜などの材料を使い、接合や構造のあり方を探究しています。フランスのポンピドゥー・センター・メスでは、木材を編むような屋根架構が大きな特徴です。中国の竹帽子の編み目から着想したと紹介される屋根は、構造、外観、内部空間を一つのシステムでつないでいます。

大規模建築と災害支援は、予算も法的条件も施工体制も異なります。それでも、既成の材料観を疑い、部材を合理的に組み、解体や施工の方法まで考える姿勢は共通しています。華やかな文化施設で得た技術が支援へ、現場で得た簡潔な工夫が恒久建築へ還流します。

そのため、坂茂を「紙の建築家」とだけ呼ぶと、仕事の幅を狭めてしまいます。紙管は思想を分かりやすく表す材料の一つであり、核心は、課題に対して材料と仕組みを固定観念なく選ぶことにあります。

「環境にやさしい」を簡単に言わない

紙は再生可能・再利用可能なイメージを持ちますが、すべての紙管建築が自動的に環境負荷の小さい建築になるわけではありません。原料、接着剤、表面処理、輸送、耐用期間、交換、回収方法を含めて評価する必要があります。別の材料より短期間で交換が必要なら、全体の負荷が増える場合もあります。

逆に、地域で調達でき、軽量で輸送負担が小さく、分解して部材を再利用できるなら、資源を有効に使える可能性があります。「紙だから環境にやさしい」で話を終えず、調達から解体までを追う。坂の建築は、その問いを目に見える形で社会へ提示しています。

坂茂の仕事から学べる五つの設計思考

  1. 材料を名前で判断しない。性能、調達、加工、接合、廃棄まで確かめる。
  2. 完成前後の時間を設計する。運搬、組立、修理、解体、移設を一続きで考える。
  3. 現地の条件を使う。どこでも同じ解答を持ち込まず、気候、文化、人、材料へ合わせる。
  4. 尊厳を性能に含める。面積や強度だけでなく、視線、音、選択できる余地を考える。
  5. 専門性を届かない場所へ運ぶ。通常の発注がない課題にも、建築の知識を役立てる。

支援建築を評価するときに忘れたくないこと

災害支援の建築は、完成物だけを見て評価できません。現地で本当に必要とされたか、行政や避難所運営者と調整できたか、利用者が安全に使えたか、支援が一部の場所だけへ偏らなかったかを確かめる必要があります。善意や著名性が、利用者の声より前へ出ないことが大切です。

写真に残る紙管のシステムも、現場では搬入、組立、配置変更、清掃、破損時の交換、撤去という地道な作業を伴います。誰が組み立て、誰が保守し、役目を終えた部材をどう扱うのか。ボランティアだけへ負担を預けず、継続できる運営を組み込む必要があります。

また、海外や別地域の成功例を、そのまま持ち込めるとは限りません。気候、避難所の規模、法制度、言語、家族構成、文化的なプライバシー感覚が異なります。標準化された部材を持ちながら、現地の人と配置や使い方を調整する柔軟性が求められます。

建築家の社会貢献を英雄の物語として終わらせず、仕組みが地域へ残り、次の災害時に現地の人が運用できるかを見る。その視点を持つと、坂茂の長期的な活動の意味と、今後検討すべき課題の両方が見えてきます。

紙管建築が完成するまでの設計プロセス

紙管を使いたいという希望から始めると、材料が目的になってしまいます。先に確認するのは、建物に必要な期間、人数、広さ、荷重、気候、施工時間です。短期間の展示と、数年使う仮設住宅、恒久的な公共施設では要求が異なります。材料は、条件へ答える候補の一つとして比較されます。

次に、紙管の直径、厚さ、長さ、含水状態、接合方法を検討します。柱として使う場合と、梁や格子、間仕切りへ使う場合では、受ける力が違います。一本の強度だけでなく、部材同士をどう固定し、基礎と屋根へ力を伝え、横からの力へ抵抗するかを設計します。構造の弱点は材料の中央より、接合部に現れることが多いためです。

紙管を水から守る納まりも欠かせません。地面へ直接触れさせず、屋根の出や防水層で雨を避け、濡れた場合に乾きやすくします。表面処理を施す場合は、耐久性だけでなく、再利用や廃棄への影響も考えます。部材が傷んだとき、建物全体を壊さず一本ずつ交換できる構成なら、維持の負担を抑えられます。

災害支援では、図面の合理性だけでなく、現地で説明しやすい組立順序が重要です。部材へ番号を付け、工具を限定し、重い作業を減らす。試作を行い、専門家以外の人が迷った箇所を修正します。誰がつくっても同じ結果へ近づける設計は、素早い展開と安全性を支えます。

最後に、解体後を決めます。再使用する部材、資源回収へ回す部材、衛生上廃棄する部材を分け、運搬先を考えます。建て方と同じ解像度で、役割の終え方まで準備する。この一連のプロセスを見ると、紙管の革新性は形の珍しさより、建築の流れ全体を再設計した点にあると分かります。

試作品と実施後の記録も次の計画へつながります。組立時間、壊れた部位、利用者の要望を公開・共有できれば、一つの作品を超えて支援の仕組みが改善されます。建築の価値を完成写真だけに閉じない姿勢です。

強い建築とは何か

強い建築を、壊れない物だけと考えると、状況の変化へ対応する力を見落とします。軽く運べる、現地で直せる、用途を終えたら移せる、別の材料へ置き換えられることも強さです。坂茂の建築は、物理的な強度と社会的な柔軟性を同じテーブルで考えさせます。

紙で建てることの驚きは入口にすぎません。本当の問いは、「誰のために、どの期間、どの資源を使い、役目の後をどうするか」です。この問いは、災害支援だけでなく、住宅の改修、店舗の内装、展示、公共施設など、あらゆる建築へつながります。

参考資料

※紙管を構造体や避難設備へ利用する場合も、用途、荷重、火災、耐久性、地域の法令を確認し、専門家による設計・検証が必要です。